2005年04月05日 10:00

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例えばスーパーに行くとします。スーパーのレジに並んでいて、自分の並んだ列ではないレジのレジをうつガールになんとなしに惹かれ自分の並んでいる列から離れてそのレジの列に並びなおしたことはありませんか? これは「地味ながらもかわゆいガール力」というパワーが働いている可能性があります。いえ、パワーというよりもフォースです。

この「地味ながらもかわゆいガール力」が働きやすいといわれているのが池脇千鶴です。ハッキリいって印象は地味なはずなのになぜか気になる存在になってしまうひとの代表格といってもよいでしょう。おそらくスーパーのレジうちをしていてもなんら違和感もないはず。スーパーで買い物をする一人暮らしの男子に「あー地味ながらもがんばっているな」という感情を想起させ、「ガンバ!」(がんばれの略)というような「あたち充」的掛け声をかけてしまいたくなるような力を起こしてしまう存在なのです。

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本題はここから。

魚喃キリコの「Strawberry shortcakes」が映画化されるとのこと。4人のガールの日常が描かれる話なのですが、こういった「フツーの日常でがんばっているガール」で池脇千鶴とはなんともすばらしいキャスティングだなと思ったわけです。(参考→魚喃キリコ「Strawberry shortcakes」)

「ジョゼと虎と魚たち」のフランソーワズ・サガンよりも池脇千鶴はスーパーのレジうちのような日常を演じたほうがやっぱいいよなー そのほうが絶対にはまるはず。

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その後の白石さん
以前話題になった「生協職員の白石さん」のメッセージカードの続編です。ネットで話題になっていることを知り、喜び困惑しつつも白石さんが本当に望んだこととは・・?

7日以内にM6級地震が関東地方を直撃
はじめは「おおっ」と思いましたが、読み進めるにつれて「トンデモ本」の香が漂ってきました・・


peechboy さんが言うには

原色ではなくパステル。
鮮やかな果菜ではなく滋養の根菜。
あるいはソメイヨシノではなく八重、山桜・・・
本当に失礼な話ですが、われわれは忘れがちだった「地ガ」を「再発見」するにいたったのですね!!

それはそうと白石さんのような大人になりたいです。

watanabe さんが言うには

地ガ・・

今はないんですが、昔、思いがけず「地ガ」に出会ってしまった時に「地味ながらかわゆいかも」とかボソッとつぶやいたことがあります。よくよく考えるとあぶないひとですね。

そういった「地ガ」(モボ・モガみたいでかっこいいですね)に惹かれるのって荒井由実のいう「守ってあげたい」という感覚からなのでしょうか?

白石さん、ここまでいくと実物にあってみたいです。

peechboy さんが言うには

むしろジャック・ラカン【知】の言質を借りるならば、
「地ガ」は、気がついたときにはすでに他者の言語によって構成され、しかもその他者の言語も、「地ガ」そのものではなく、「地ガ」が消し去られた痕跡しか提示することができないのです。(ほとんどどっかからのコピー&ペースト)

すなわち「地ガ」とは、とても近くにあるようで、永久にその正体が顕在化しないもの、というべきでしょう。

watanabe さんが言うには

「地ガ」をラカンで説明してもけっこう納得いくカンジになってます!

「地ガ」はあくまで主観の生むものであり、われわれの意識が介在するからこそ「そこ」に「地ガ」が存在する。とかサルトル風にも言えますし【知】、「選択する自由ゆえの束縛」も「自分の意識を介在させどのレジうちガールに地ガを感じ得るか」という自由選択の束縛に呪われているとサルトル的な言い方もできます【知】。

つまり「地ガ」とは「実存」を指すわけであって、そこには神など存在しない、レジに並ぶ自分とレジうちのガールの間には「つり銭のやり取り」という経験のみが存在するわけです。これはヤスパース的な解釈ですね【知】。

michito さんが言うには

地震。これ本当なのかな? 怖いね。

watanabe さんが言うには

いやいや。地震はトンデモ本の香がするんです・・
「電磁波」ですべて説明しようとしてます。



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