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「Auvergne」(オーヴェルニュ)とはフランスの中央部から西南部を指す言葉である。古くからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路であり、11世紀から12世紀に建てられたロマネスク様式の教会建築が多くみられる。しかしこの地方の大部分は標高500メートルから1000メートルほどの牧草地や雑木林であり、一般的にオーヴェルニュの人々は朴訥ながらも実直で働き者といわれるせいかフランスで「オーヴェルニュ」という時、それは「大いなる田舎」もしくは「貧しい農村」をイメージさせる。 19世紀末、不況にあえぐオーヴェルニュ人たちは出稼ぎのため、オーブラックからサンフールそしてパリへと続く街道をひたすら歩いたが、決して楽な道ではなかった。山賊や追いはぎが多くあらわれたのだ。 このルートの途中にライヨールという牛市場と刃物の名産地として名高い小さな村がある。パリを目指したオーヴェルニュのある男がこの村の鍛冶屋に自分の身の安全と財産を守るために、護身用の小さなナイフを作らせた。注文はこうだ。 「なるべく安価で、携帯に便利で、お守りがわりのモチーフをいれて欲しい」 村の鍛冶屋は安価におさえるため村の牛市場から牛の角を安く手に入れ、ナイフのハンドルに仕上げた。そして携帯に便利なようにナイフの刃を折りたためるようにした。最後に男の望み通り、お守り代わりのモチーフとして蜜蜂の細工を施した。護身用として作らせたものの、男はこの小さなナイフでパンやチーズを切る時、故郷の家族や恋人のことを思い出したりすることもあった。 パリへ出た男は、はじめ水運びなどの元手のかからない仕事をしていたものの、農作業で培った体力と実直な性格が効を成し、ある程度の収入が得られるようになると小さいながらも炭を売る自分の店を持つことができた。そしてほどなくして、この店で男の焼いた炭とともに故郷オーヴェルニュ産の安くて美味いワインを売り始めた。 炭屋は裏通りに面している。故郷を懐かしむ同朋だけでなく、いわゆる「立ち飲みスタイル」で仕事をサボっていっぱいひっかけにくる客も多い。男はあのナイフでワインのフォイルをカットし、客をもてなした。炭焼きが忙しい時期になると、ちょうど農閑期に当たるオーヴェルニュの兄弟や親戚がこの「立ち飲み屋」を手伝いに来た。こうして男の炭屋兼立ち飲み屋は繁盛し、他のオーヴェルニュ人たちもこういった立ち飲み屋を兼業したり、本業で開いたりするようになった。 これがパリの「カフェ」の起源である。そしてあの男がライヨールの鍛冶屋に注文した護身用ナイフこそ「ソムリエナイフ」の起源なのだ。 事実、今でもパリを代表する有名カフェやブラッスリーのオーナーやギャルソン達はオーヴェルニュの出身者がほとんどであるという・・ パリのカフェは「ロンドンのパブ」とも「イタリアのバール」とも「アメリカのコーヒーハウス」とも違う、田舎者と田舎のワインが好きな者が集う場所。 ![]() |